相撲の起源とは?神話から国技へと受け継がれた日本の伝統文化

豆知識
               

監修者・水口 剛

元力士・祥鳳剛(本名:水口剛)。春日山部屋に所属し、2004年に初土俵、幕下東四枚目まで昇進。白鵬関の代理として弓取り式を務めた経験を持つ。
引退後はYouTubeチャンネル「お相撲ぐっちゃんねる」の運営や稽古会の主催、相撲体験イベントの企画などを通じて、相撲文化の国内外への発信に尽力。
Netflixドラマ『サンクチュアリ -聖域-』では炎鳥役として出演したほか、舞台パフォーマンスなどにも参加。
現在は訪日外国人向けのインバウンド相撲イベントや相撲ショーを開催するほか、パーソナルトレーナーとしても活動し、相撲の魅力を伝えながら健康づくりにも貢献している。

相撲は日本が世界に誇る伝統文化であり、その始まりは単なるスポーツではなく、神々の戦い宮廷儀式に深く根ざしています。本記事では、相撲の歴史的な背景をたどりながら、どのようにして現代の国技として確立されたのかをわかりやすく解説します。

相撲の起源は神話にあり

最初の相撲の記録は、『古事記』や『日本書紀』に見られます。ここでは、建御雷神(たけみかづち)建御名方神(たけみなかた)という二柱の神が、国譲りを巡って力比べを行ったとされています。この力比べは、単なる勝負ではなく、神の意志を示す儀式として描かれており、これが後の相撲の原型となったと考えられます。

この場面は、力の優劣が国の行方を決定づける神聖な契約行為であり、現在の相撲に見られる「塩まき」「四股踏み」などの所作にもその神事的意味合いが受け継がれています。

神話における相撲要素内容
神々の力比べ建御雷神 vs 建御名方神
国譲りの象徴力の勝敗で国の統治を決定
儀式性土俵所作に神道的要素が色濃い

宿禰と蹶速の伝説から見える格闘文化の萌芽

次に登場するのが、野見宿禰(のみのすくね)と當麻蹶速(たいまのけはや)の天覧相撲です。これは、垂仁天皇の前で行われた力比べで、宿禰が蹶速を倒したことで皇室に仕えることとなりました。これが記録に残る最初の相撲の勝負であり、「天覧相撲」の起源とされています。

この対決は、単なる力比べから格闘技としての相撲への移行を意味し、後の「技」「型」「礼」の基礎がここに芽生えたともいわれます。

宿禰と蹶速の意味内容
初の記録勝負垂仁天皇の御前での力比べ
勝者の栄誉宿禰が宮中仕えに抜擢される
相撲の技術化格闘技としての技の始まり

宮中行事としての発展と武士階級への影響

奈良・平安時代には、相撲は国家の公式行事のひとつとなり、「相撲節会」が毎年7月に宮中で行われました。この行事では、地方から集められた力士たちが天皇の前で技を披露し、儀礼性と権威性を兼ね備えたものとなっていました。

また、時代が進み武士の力が台頭するようになると、相撲は武士の訓練法としても取り入れられました。戦場での白兵戦に備えた身体鍛錬としての相撲は、精神と肉体の両面を鍛える武道的な側面を帯びていきます。

宮廷と武士の相撲活用宮中武士社会
開催目的儀式・権威の象徴鍛錬・修練
開催形式相撲節会稽古・試合形式
効果天皇の権威誇示戦力強化・体力育成

江戸時代の相撲 庶民文化としての開花

江戸時代に入ると、相撲はそれまでの宮廷儀式や武士の訓練から、庶民の娯楽へと劇的に変化を遂げます。特に寺社での奉納相撲は人気を集め、そこから興行相撲へと発展しました。ここでは観客を集め、入場料を取ることで相撲が興業ビジネスとして成り立つようになります。

この時代に整備されたのが、以下のような現代相撲の基本要素です。

江戸相撲の構成要素内容
奉納相撲神仏への感謝と祈願
興行制度観衆を集め収益を得る
番付制度力士の格付けと評価制度
土俵の導入正式な競技場として整備

明治以降の相撲 国技としての確立

明治時代になると、日本の急速な近代化の中でも相撲は伝統を保ちつつ制度化が進みます。1884年には「大日本相撲協会」が設立され、全国規模で相撲が統括されるようになりました。この時期から、相撲は単なる娯楽や鍛錬ではなく、国民的な文化財としての道を歩み始めます。

昭和には、テレビ放送の影響で相撲人気はさらに高まり、「両国国技館」は国民的注目を集める場所となりました。

明治以降の発展段階内容
協会設立相撲の統括組織化
国技館創設相撲の象徴施設として建設
メディア普及テレビ・ラジオによる人気加速

相撲の儀式性と精神文化

現代の相撲においても、その神事的要素は健在です。塩まきによる浄化、四股踏みの地鎮、立ち合い前の気合と間合い。すべてが神道と深く結びついており、土俵はただの競技場ではなく神域とされています。

また、相撲部屋での上下関係や、取り組みの前後に見られる礼節の作法などからも、日本古来の精神文化がしっかりと息づいていることがわかります。

相撲の儀式所作意味
塩まき土俵の清め
四股踏み地を鎮める所作
手のひら開示武器を持たない証明
礼と立礼相手と神への敬意

まとめ

以上のように、相撲は神話から現代に至るまで、日本文化の中心であり続けました。神事、儀式、鍛錬、娯楽、国技へと形を変えつつも、その本質には敬いと力の調和があります。力士たちの取組を通じて、観客は単なる勝敗だけでなく、精神的な美しさ伝統の重みを感じ取ることができます。

現代の日本においても、相撲は文化の柱であり、世界に誇る精神遺産です。

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